春日井ボンのボンかすLIFE

春日井ボンのボンかすALONE

「何のため?」とは聞かないで。

ノールック修行

アコーディオンは演奏姿勢からして、右手部分は見ないようにして弾くのが正式なようだ。左手は物理的に絶対に見えないところにあるので、元より見ることはできない。

 

特にピアノにおいて素人がノールック演奏をすると賞賛されるが、それがどうした?と思っている。ピアノの場合、見える場所にあるのだから見てもいいじゃない。音の方が大事だ。まぁ、バンド形態でピアノやキーボードがずっと鍵盤を見て弾いていたら曲によっては盛り下がるかも知れないとは思うけど、独奏であれば見てもよいのではないか。僕はピアニストではないから奏者の側の気持ちは知らないが、ずっと俯いていてもそれはそれで絵にはなる。それに、ピアノの場合チラ見というか視角の片隅でも十分チェックできるだろう。ノールック演奏を称賛されている間は、ピアニストとしては素人だと思う。念のためだが、言うまでもなく辻井さんを除く。見てるとか見てないとか見えないとか、そういう次元で評価されるレベルの演奏ではない。それぐらいは僕のような素人でも分かる。

 

さて、アコーディオンの場合、右手を一定時間見ていると大きく俯くことになり、あまり絵にならない。素人丸出しというやつだ。だから基本ノールックが望ましいが、見ないことを最重要課題にするよりかは、多少見てもいい演奏ができればよいと思う。ノールックでミスタッチを連発するより、要所要所で見ても間違わない方がよい。

 

一方でノールック演奏はアコーディオンである限り、課題というか試練でもある。ノールック+ミスなしを100点満点とすると常にそれを目指す必要があるのは当然だ。僕の場合は単純に練習量なのかなと思う。一番多く弾いた曲は、ほぼノールックで弾ける。また意識的にノールックで弾けるように練習してきた。その曲を弾く100回目と1000回目では演奏の質だけではなくノールック度にも向上があるべきである。今回の新曲を試しに完全ノールックで弾くとところどころで致命的にミスをした。見ればまず間違えないところ。イメージが足りないのだ。これからは要所要所の目視確認は許しつつ、少しずつそれを減らせるようにノールック修行をしてみよう。