教授が永眠された3月28日は、毎年「音楽の日」と銘打って教授の音楽についての個人的な思い出を綴る。今年は僕が初めて教授の音楽を意識した瞬間の話。
昨年の記事はこちら。
小学生の頃、YMOが流行った。運動場で学年ごとに全員がフラフープを回し、落としたら座るというイベントがあった。その時にRydeenが音の割れたスピーカーで流された。運動会でもないのに住宅地の真ん中で大音量で鳴らしてもよい曲がRydeenだった。YMO好きな教師がいたのだろうか。物心ついた時からYMOのメンバーである教授を認識していたが、だからと言って特別な意識はなかったし、音楽に強い興味もなかった。僕が低学年の頃には小学校の校庭の端に光化学スモッグの測定を行う機器があり、一時期マスクをして学校に通ったが、高学年になる頃には機器も撤去された。やがて空気が妙にきれいになった。インベーダーゲームも流行った。YMOはそんな80年代初頭の日本のBGMだった。あまりに日常に溶け込んでいたので意識することすらなかった。それはそこにあった。
しかし、僕にとって教授が特別な存在になったのはアルバム「千のナイフ」だった。高校生の僕はブリティッシュロックとクラシックが好きだった。そんな折、部活のP先輩が「これ聴いてみ、寝ながら2曲目聴いたらなんか怖いで~」とカセットテープを渡してきた。1曲目の千のナイフ、冒頭のヴォコーダー明け。これが人生最大の音楽的衝撃の瞬間だった。「なんやこれは」と思った。その時点でほんの少し僕の人生の方向が変わったのだ。
さて、このタイトルチューンにはちょっとした出来事の記憶がある。30歳少し前あたりだろうか。不安定なバイト生活の頃、本屋といいつつエロ本の扱いが多い本屋で、レジが自分一人の時には好きな音楽のMDを流していた。やや控えめにこの曲をかけていた時、さっき入店したばかりのサラリーマン風の男が切羽詰まった表情でレジに駆け込んできた。何かと思えば、「すいません!この曲…なんて曲なんでしょうか」と言う。さてエロ本屋というのは、客も店員も無駄な会話はしないのが大人のルールである。客が己と向き合う時間だからだ。そんな場所で声をかけられたことに驚きながら「坂本龍一の『千のナイフ』という曲です」と答えた。「あぁ…坂本龍一なんだ…」「はい、1978年のアルバムのタイトル曲で、」「そんなに前の曲なんですか?!」「はい!そんな感じしないですよね!」「えぇ、本当に」みたいなやりとりをした。そのままボリュームを上げてお客さんと一緒に聴いた。自分の好きな曲を上気した顔で聴く他人を見るのは幸せだった。彼は満足した様子で会釈して、何も買わずに店を出ていった。あれはなんだったのだろうか。その場で初めて聞いて衝撃を受けたのかとその時は思ったが、今考えると気になっていた曲に再会したからこの機に是が非でも曲名を知りたかったのかも知れない。
先輩が教えてくれた2曲目は「ISLAND OF WOODS」。いつも寝る前に聴いて、よく情景が狂った変な夢を見た。音楽なのかBGMなのか分からなかったが、こんな曲はそれまで聴いたことがない。おそらくだがこのアルバム以外にこの曲のバージョンはないだろう。
1曲ずつ感想とか書いていったらきりがないからこの辺にしよう。とにかく、僕の「教授体験」はこのアルバムからだった。借りたカセットテープで聴き、LPレコードで聴き、CDで聴き、MDで聴き、mp3で聴き、そして今はYouTubeで聴いている。これからも聴くだろう。あのサラリーマンも聴いているだろうか?