春日井ボンのボンかすLIFE

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「何のため?」とは聞かないで。

2026年 音楽の日

教授が永眠された3月28日は、毎年「音楽の日」と銘打って教授の音楽にまつわる個人的な思い出を綴る。今年は「ラストエンペラー」について。

 

昨年の記事はこちら。

bonkasugai.hatenablog.com

 

先輩に「千のナイフ」を教えられ夢中になって聴いていた頃、大作映画に教授が出演し音楽も担当するのだというニュースが入った。新聞社の試写会に応募したら、当選した。一人で梅田のホールに観に行くことになった。

 

当時、僕はよくある思春期の悩みの最中にあった。なにせ骨と皮と肉に過剰な自意識がまとわりついて生きているような年代だ。クラスに友達は一人もいなくて、授業の合間の休憩時間には机に突っ伏して寝ていた。いや、寝たふりをしていた。そんな頃、映画「ラストエンペラー」を観た。これに関しては役者としての教授がどうとかという話ではないが、エンドロール直前のラストシーンで静かに始まるメインテーマをその場で初めて聴く音楽として接し、号泣していた。ジョン・ローンは僕の新しいアイドルになった。自分もそうだ、きっと何かの才能があるのに、認められず苦労と孤独を強いられているのだ…とこともあろうに中国王朝最後の皇帝に自分を重ねて、自らを慰めていたのだ。若いと言えばそうとしか言えないが、人は誰しも生きていくために自分を何らかの形で誤魔化すことがあるだろう。「実は自分は皇帝並みに偉いんだ」とでも思わなければ、あの時期は生きて行けなかったと思う。結局「ラストエンペラー」を映画館にあと二回通って計三回観た。サントラのレコードを買って、カセットテープにダビングした。ピアノ譜を買い、家の古ピアノでメインテーマの冒頭の和声進行を再現し「ほーぅ」と悦に入ったりもした。その後で修学旅行があって、クラスの同級生が騒がしいバスの中、買ったばかりのウォークマンで目を閉じてラストエンペラーのサントラを聴いていた。寝たふりをしながら。

 

アカデミー音楽賞の受賞をテレビで見たと思う。教授はどこまで行くんだろう、と思った。不思議なことに映画の内容とは関係なく、あの曲は僕にとっては思春期の区切りであり、若さの象徴でもあった。高校卒業と同時に北海道に来た。

 

その後はプレイヤーもないのにレコードを家財として持ち続けていたが、マンションに引越する時に引き払うアパートで「不要物あったら処分しときますよ」と管理会社に言われて忙しい最中にこれ幸いと捨ててしまった。他にYMOのレコードもあったはずだ。今あれば、きっと部屋に飾っただろう。でももう手にすることは出来ない。失ったものは戻ってくるかも知れないが、自ら手放したものは二度と戻らないのだ。古いレコードは若さそのものだったから、あの時は若さを捨てざるを得なかったのだ。さりとて大人にもなれず、捨てなければ良かったと後悔している。皮肉なものだ。

 

さて、Wiki等によるとジョン・ローンは今も存命でのんびり暮らしているとか。教授と同じ1952年生まれ。あの美しいジョン・ローンが今年73歳なのだから、そら自分も年を取るはずである。取り戻せるものではないから、若さは素晴らしいのだと今は思う。その貴重な時間を僕は寝たふりしながら世界征服を考えていた。できたことは北海道に行ったこととロシアに行ったことだけで、それ以外は何もできない人生だった。そろそろエンドロールが始まるだろうか。いや、まだまだ先かな。