ボンかすLIVE

春日井ボンのボンかすLIVE

バヤニストの独り言

ゆったりした日曜日

台風一過の翌日はからっと晴れて、風が涼やかだった。もうすぐ北海道の夏は終わりそうだ。昨日見つけたシャツを買った。今月の買い物はもうやめよう…。そして少しずつ服を断捨離しようと思う。

 

なにが大事なのかなぁ。そういうことをよく考える。無心になるほどに、何物に対しても接していないのかなぁ。よく分からない。答が欲しいとも思ってないんだろう。だけど安定を嫌がってわざとトラブルを探して首を突っ込むような人生をもうしなくていいんだということは分かる。ゆったりしたい。

 

絞る

連れと街に行った。二人ともそんなに食べる訳じゃないから、どこで食べようとうろうろした挙句、ドーナツと蕎麦を食べた。わざわざ街に行ったから変わったもの食べてもよかったのに、店こそ普段行かないところだが食べたものは普通だ。

 

最近、服や靴を見るのが楽しくて、店に詳しい連れにいろいろ連れて行ってもらった。ファッションに気が向くときはなんというかつまらない時か変わりたい時なんだよな。変わりたいという気持ちは感じないので、きっとつまらないのかも知れない。結局買わなかった。いまは数ヶ月の無職期間の後なので、安定させることが急務。給料が出ると使いたくなるので、最初に支払いを一気にドバッと済ませてしまう。かなり減るので大きくなった気がしぼみ、冷静になる。なんだか寂しい気もするが、そうやって買うものを絞ってる。それでも欲しかったら、その時は買おう。

 

食べ物も衣料品も同じように絞ってるのだね。

 

トレモロの効用

V-Accordionマンドリン音色について、先日の記事でロングトーンでも緊張感が生まれると書いた。新曲「Curoscivo」以外で最もロングトーンが多いのは「Pathos of Forest」、次に「Taiga」だと思うけど、試しに前者をマンドリン音色で弾いてみたらやかましさの代わりにかなりの変化が味わえた。これは…使えるかも知れない。マンドリン音色が急にレギュラーになった。いろいろ試してみるがこれはいい兆候。自慢でもなんでもなく、僕はアコーディオン作曲家ではないだろう。ただ、何者でもない自分であるためにやっている。

 

タイトルネーミング学

先日、新曲のタイトルが決まるまでについて熱く語ったのだが、僕にとって曲のタイトルは作品の完成度を左右する重要な要素だ。そんなに大事なら最初からタイトルありきで作曲すればいいのだ!確かに。というか常に良いタイトルについてアンテナを立てて考えている必要がある。タイトルありきは極端でも、タイトル案をストックしておくことはフレーズのストック以上に大事なのかもしれない、僕にとっては。

 

いつかタイトルのネーミング学のようなものを展開してみたい。なぜなら日本語のネーミング学のようなものはあるけど、外国語のネーミング学はなかなか見つからないので、自分でまとめてみたい。まぁ100個ぐらい作ってからだろうか。かなり先だな。

 

笑顔のありか

改めて自分の演奏動画を見てみるとしっかし笑わない奴だなーと思う。そんな自分を特に好きでも嫌いでもない。自分だなと思う。そして笑わない演奏動画を、いかにも自分らしいと思えてきた。

 

この年になって好かれたいとか気に入られたいという気持ちがなくなった。もちろん面接ではさも自信あり気に微笑んだりできる。愛想笑いである。別にそのことに罪悪感を覚えたりもしない。だって愛想なんだから。

 

僕の亡くなった父も笑わない人だった。父親譲りというわけだ。父と子の写真を見て連れは「親子だねー」と言う。子供の頃の僕の家族写真は、父と僕がムスっとしていて母と姉は笑っている。別に不機嫌な訳ではない。僕も父も微笑んだつもりで人にはようやく真顔に見えるらしい。真顔のつもりなら不機嫌に見える。僕は小学生の時に教師に注意されたぐらいだ、不機嫌な顔をするなと。真剣に聞いていただけだったんだけど、言い返す度量はなかった。父には笑顔の写真がない。

 

そんな父の笑顔を覚えている。まぶたに焼き付いているのだ。いったい何がそんなに楽しかったのか、キャッキャキャッキャ笑っていた。普段見たことのない顔だった。人は笑う時には強いられなくても笑うのだ。僕も時々笑う。主に連れと一緒にいる時だ。連れをはじめ、僕が笑うほどの仲の人には僕の笑顔が焼きついているかも知れない。だから動画では笑う必要がない。笑う時には笑う。僕にしか僕の笑顔のありかは分からない。

 

新曲「Curoscivo」について

昨日アップした新曲「Curoscivo」について、書いてみよう。

 

最初はたまたまだった。中華風で海を感じる8小節のメロディーを思いついた。それが、マルコ・ポーロのイメージと結びついた時に曲のイメージが明確に見えてきた。船の舳先に立ってまだ見ぬジパングを目指す若きマルコ・ポーロ。その頃まだ曲は完成しておらず、イメージを広げるためにとりあえずマルコ・ポーロについて調べだした。知ってるつもりで知らないことがたくさんあった。実在しなかった説もあるようだが、そこはどうでもいいと思ってる。

 

マルコ・ポーロは13世紀に実在したであろうと言われているベネツィア生まれのイタリア人商人で、ご存知のように帰国後に作家に語った話がかの有名な『東方見聞録』だ。そういうところはWikipedia を見てくれればよい。マルコ・ポーロと言えば旅人のイメージが強いが、元の皇帝フビライ・ハーンに仕えた彼はベネツィアを離れた24年間のうち17年間は元に滞在して、多くの言葉に堪能であり、長く地方官吏を務めていた。しかし元に入ったのは陸路であって、船に乗ったのは南シナ海とインド洋を経て帰国の途についた時だけらしい。そんな情報を仕入れてみても、史実というか伝えられている話とは異なるけど僕にはマルコ・ポーロが船に乗っている姿が頭を離れなかった。

 

さて作曲の方はAメロ、Bメロができたがこの曲はAがサビという曲なのでCメロがサビではなくトリオになる。曲の中間部だ。これもたまたま、なぜか琉球音階(レとラを抜いた音階)の展開が生まれると、やがて架空のストーリーが僕の頭の中を支配した。実際にはジパングに至ることはなかったが、もしもマルコ・ポーロジパングに辿り着いたら…というイメージだ。そう、ジパングに着く前に琉球に寄るでしょうよ、と。

 

たまたま、曲の始まりである中華風のメロディーを最初に作った時からマンドリン音色を使っていた。V-Accordionマンドリン音色の特徴はトレモロになっていることだ。マンドリンはギターと同じように撥弦楽器であるから音を鳴らした瞬間に減衰するが、トレモロ奏法がマンドリンの特色となっていて、V-Accordionではそれを再現している。つまり速いパッセージでは単音で、ロングトーンではトレモロになり、減衰しない。これがロングトーンの多い主旋律に独特の緊張感を与えてくれた。まるで途切れない洋上の波のように。偶然が必然になる瞬間は、マンドリンがイタリアの楽器であることに気付いたこと。これはきっと名曲になるのだと確信に変わった。

 

しかし2019年の日本でマルコ・ポーロについてこれだけ想像した人間は僕以外いないんじゃないだろうか?彼を題材にした作品は洋の東西を越えて数多ある。たしかにいにしえの旅人というテーマにはロマンがあるが、結局、僕は世界とか外国とか他の文化に触れるということが好きで、それが自分の曲によって掘り起こされたのだ。だから作曲の過程は旅をしているような気分になった。恐らく、はるか昔から現代まで、作曲家が他の文化圏をイメージした曲を作る時の精神を僕は体験したに違いない。

 

曲が最初の完成を迎えてからタイトルを考えたが、楽曲が今までにない出来上がりだったので、とにかく絶対に妥協だけはすまいと思った。合計40個くらい考案したかな。造語も作ったがなかなか曲に馴染まない。日本語、中国語、イタリア語、英語を翻訳して本当にいろんなタイトル考えたな。13世紀当時のことを調べようとして、羅針盤の原型である指南魚とか指南亀(木で彫った魚や亀に磁石を組み込んで水に浮かべたり針の上に置き、方角を測る器具)に魅かれたりもした。だけどそうした事物は時代の小道具ではあっても舞台を象徴してはいない。舞台そのものを示すスケールの壮大なタイトルが欲しかった。が、そんな言葉が作品名として使われていない訳がない。語呂のいい2 wordsだと世界の誰もが曲名やソフトウェアの名称に使っている。

 

だから本当に偶然だった。待てよ、マルコ・ポーロが今の香港のあたりから台湾の東を琉球に向かって船で渡るとしたら、黒潮にのってくるだろう。黒潮!他の言葉ではなんていうのかな?と調べてみたら多くの言語でKuroshioというのだ、Tsunamiみたいに。

 

ちょっと妄想してみた。日本の漁師が遭難して杭州あたりに保護されていて、その助けを借りて共にマルコ・ポーロは北上するのだけど、漁師のオヤジに「これは黒潮ってんだぞ」と言われてイタリア語風に「クロッシオ?」とか聞き返すシーン。それで調べてみたらイタリア語でも黒潮はKuroshioと言うのだけど、イタリア語化した日本語由来の外来語としてCuroscivo(クロッシヴォ?)という表現があるのだと。たぶんイタリアで海洋学やってる人しか使わないイタリア語なんじゃないか?Googleで検索するとたった200件弱しかなかった。そして動画で検索した時に0件だと分かった時に僕はあーっと声をあげた。長い旅が終わった瞬間だった。

 

今、この単語で検索できる動画は僕の曲ひとつしかない、この広い世界で。僕はたどり着いた。「Curoscivo」は僕にとってのZipanguになった。

 


Bon Kasugai - Curoscivo (original) V-Accordion FR-1xb Solo

 

動画アップしました!(17)

V-Accordionのオリジナル曲、17曲目をYouTubeにアップしました。

 

春日井ボン - Curoscivo


Bon Kasugai - Curoscivo (original) V-Accordion FR-1xb Solo

 

20代の時とそれから20年経っての今の音楽活動と合わせて、今までで一番、すべてにおいて満足できた唯一の曲だった。創作活動にはいくつかの節目があるものだけど、これはそういう、僕にとっての記念碑と言っていい作品。この2ヶ月、曲を作ってタイトルを決めて、その間にも曲が成長して…という時間を過ごしてきたので、正直こうして世に出すという作業が終わってしまうのが寂しい。そんなことは今までなかった。

 

…おっと、こりゃ長くなりそうなので明日、詳しく投稿します。

 

よろしければお聴きください。

 

17曲目の動画撮影しました

V-Accordionのオリジナル曲、17曲目の演奏動画を撮影しました。

 

新曲が完成したのが6月29日、タイトルが決まったのが7月12日。こんなにも時間を空けたのには、演奏動画に凝ろうかと連れが別件でミラーレス一眼カメラをレンタルするのを待ってたのが当初は原因だったが、その後の時間で曲がどんどん進化したのも一因だ。正直、自分でも曲がどう変わっていくのか分からず、もうちょっともうちょっとなんて思ううちに時間が経った。

 

我ながら自分のオリジナル曲で一番好きで一番完成度の高い「外向けの曲」だろう。撮影は割りと短時間で終わった。最初の数回は冒頭がうまく弾けなかった。それをクリアして進んでからはミスを含むラストまでのテイクの後、2テイク目で完成した。やっぱり弾きながら頭が真っ白になる瞬間がある。真っ白になっても手が動くのは完成から時間をかけたお陰だろう。

 

昨日の昼、V-Accordionの設定を変更し、リバーブとコーラスを強めにして、音をセンターに集めた。ホールで弾いているような響きが得られるようになったので、エレキギターのように、弾いていて「増幅感」を強く覚えた。これはなかなかに気持ちいい。大きい響きが得られるのが、自分の身体を超えて音楽だけがより大きくなるようで独特の愉悦がある。その半面、演奏をミスると以前よりはっきりと分かる。ハイリスク・ハイリターンという訳だ。

 

出来はまぁこんなものかなと。出すことが大事なのだ。早く発表したい。別カットで連れに撮ってもらうかどうかは考え中。

 

連れの弟

予定通り、夕方から連れの弟を呼んで3人でたこ焼き屋に行った。2日連続ということで店の大将とも多少絡んだが、そのこと自体珍しい。楽しかった。連れの弟というのは、友達より近いけど親戚よりは敬意を払うような関係。面白い。こういう関係を作ったことはなかったし、基本的に仲良くなれればなという気持ちをもって付き合うのは友達とか同僚とは違う感じがある。彼は近いうち仕事で東京に行く。遅くはなったけど近づけて本当に良かったと思う。これから一生付き合うことになるのだから。彼も音楽をやっていて、音楽の話をすると帰ってV-Accordionを弾きたくなった。

 

そろそろ新曲を撮る時期だ。明日がその日になるだろう。

 

たこ焼き屋

仕事の帰り、連れとの待ち合わせに急いでいると、前の会社の同僚にバッタリ会った。相手に連れがいたので声をかけようかと悩んだら、向こうから声をかけてくれた。そういう人だ。まったくもって変わってない。

 

その後、連れと初めて行くたこ焼き屋に。連れがずっと行きたかった店だが、僕の方が気に入ってしまった。たこ焼きも関西風でうまいけど、こんなにうまい焼きそばは初めてだった。さらにお好み焼きも食べた。連れの弟を呼ぼうという話になったがさすがに急だったから明日にしようということに。「明日も来ます」と言って店を出た。何かある一日だったのだろう。さぁ三連休だ。

 

なにかを望むなら

満員の地下鉄に揺られて駅に着き、ターミナルを歩きながら考えた。僕はずいぶん恵まれていると。

 

血圧は高いが致命的な持病はない。後頭部は薄いがまだ髪がある。美男ではないがギョッとされる外見ではない。結婚や育児できる経済状態じゃないが連れがいるから独りじゃない。正社員じゃないが仕事に就いている。貯金できる余裕はないがギリギリ生活できる給料がある。会社の人気者ではないが目立たず騒がず嫌われもせず会社の歯車として毎日働く場がある。社会や地域から求められるものが税金以外に見つからないがやりたいことは明確にある。親兄弟とは疎遠だが物理的に離れているので干渉されることもない。これ以上なにを望めるというんだろう。

 

これ以上なにかを望むのなら、それは自分で変えなければ変わらないのだ。自分が変わらないと状況は変わらない。

 

消火栓

仕事から帰ってご飯を食べても疲れが取れない。という話をしたら連れが「歩くといいかも知れない」と言ってくれたので、ふたりで夜の町を散歩することにした。このところ近所の消火栓が黄色から灰色(実際はオフホワイトという程度に白いが)に塗り替えられていると教えてくれた。たしかに全部オフホワイトになっている。理由は不明だったが色々調べたところサビ止めの下地でこれから数回塗りなおして結局は黄色になるらしい。これは地区ごとに何年に一度塗りなおすのだろうか。10分ほど歩いてスーパーに着いたら「麦茶を飲んでみたい」「財布は持ってきてない」と言われたのでお茶を買ってあげた。面白い連れだ。

 

散歩から帰るとシャワーを浴びてすぐ寝ることにした。首の疲れがすごい。肩などこったことなかったのは過去のことで今や色んな部位がこっている。週4日勤務で生きていけるならそうしたいがまだまだ無理だ。長生きするか分からないがまだ30年も生きるとしたら働かなくてはいけない。まだ何も見つけていない。

 

自分と似た人

夜の練習で新曲の展開部分の和声を変えた。というか、展開を増やした。自分で「完成」と言ってしまうと余程のことがないと変えないけど、公開してないことが功を奏したんだろうな。和声の展開については1回目と2回目で少し響きが違うというのが僕は大好きだ。こういうの人に伝わるかは分からないし、どうでもいいと言えばどうでもいい。でも一瞬の響きというか、和声から和声への移行である種の感受性の人に「あっ」て何かが伝わるといいなぁ。自分と似た人、世界には100人はいると思うから。

 

ハピネス

月曜日はいつも疲れるなぁと思う。だけど午後に入ってから徐々にエンジンがかかる。午前はしんどい。これは単に寝不足なのかも知れない。やりたいこと、目的、目標。今この瞬間やっていることはどのぐらい大事なのか。人にじゃなく自分に誠意を持って接したい。人に誠意を持つのは当たり前だと思ってるし裏切られたら切ればよい。自分を甘やかすのではなく誠意を持って生きている瞬間は幸せだ。幸せというよりハッピーだ。

 

粘りましょう。

 

料理は愛情

バスで近場のカフェに行ったが、イマイチだった。まずコーラが完全に炭酸が抜けていた。連れ曰くファストフードのような原液と炭酸をミックスするやつではなく、ペットボトルのでかいのを開けて大分時間が経ってるものだと。今日は節約する気でいたのに、なんだか無性に哀しくなって、びっくりドンキーに行った。愛情のある料理と言えば昨日夜に行った韓国料理屋さん。まだ2回しか行ってないが、お店の人がいつもとてもいい笑顔で送ってくれるのだ。値段がどうとかいうことではなく愛情が感じられる出し物(料理)かどうかで満足度が決まるのかも知れない。接客も大事だ。気分を食べているのではないが、気分はたしかに重要な調味料なのだろう。

 

金曜日ほどは暑くはないが、じんわりと蒸し暑い。北海道の夏は短い。1ヶ月もすれば涼しくなっているだろう。まだ新曲を撮っていない。連れがレンタルしたミラーレス一眼で動画を撮ろうとしているがどこで撮ろうかな。本当は曲のイメージと合う場所がいいがなかなか見つからない。