ボンかすLIVE

春日井ボンのボンかすLIVE

バヤニストの独り言

不思議なもんで

仕事をしながら時々、昨日作った曲を思い出して口ずさんでいた。あるところで止まる。思い出せないがこれはよくあること。作曲してすぐは楽器に触れないと思い出せないんだ。夜中にようやくバヤンに触れて2回目ですぐに弾けた。不思議なもんで。そろそろ忘れっぽくなってるから気をつけないといけないが、まだ大丈夫なようだ。

 

少し展開を増やせた。あとまだ2つぐらい増やして曲として完成させたい。絶対にシンプルにすること。同じフレーズで1回目と2回目で和声を変えるとかはほどほどに。そんなことしなくてもこのメロディーは絶対に強い。とても堂々とした曲だ。

 

あ、そうだ、当たり前すぎて書いてなかった。このフレーズの曲を1曲目とする。つまり2曲目の作曲中にできた2小節を独立した別の曲の主題としたのだ。たった2小節、8拍。それだけでこれはいける、と思ったのだ。

 

マルコ・ポーロの孤独がテーマのような気がするが、作る僕の心境が孤独とは程遠い。作曲がうまくいってウハウハのウキウキだ。不思議なもんで。

 

異なる主題

昨日寝る時間を削って作曲した2小節。それを膨らませていろいろいじっているうちに完全に独立した印象的なイメージができた。できてしまった…さてどうしよう。この3部作の最後の曲であるCuroscivoの主旋律に勝るとも劣らない主題のようなものができてしまった。いま3曲目が完成し2曲目がほぼ出来ているという状態で。本当は2曲目をスッキリ完成させたいんだけど、これはさすがに1曲目として独立させた方がいいんじゃないかと悩んでいる。テンポを合わせれば2曲目の一部でもいいんだけど、なんか勿体無いかもと思ってしまう。この問題はTrilogyの出来に関わる。1曲目はイタリア的な華やかな曲にしようと思ってたけど全然違う。泣きのメロディーだ。僕は作ろうと思っても泣きが作れない。だから偶然に出来たこれをどう活かそうか分からなくなる。

 

そもそも昨日この元となるメロディーというかフレーズを作った時、いつも心に留めている大事な言葉を何度も思い起こしていた。それは「作曲でしてはいけないことは何もない」ということ。手癖のままにいくらでも曲を作れるけどそれは面白くない。自分でも意外性を覚えるものを書きたい。ということで自分ならこうしないというところを押さえていくと、たまたま出来た訳だ。それがさらに今日生まれ変わった。うれしくない訳はない。疲れなんて吹っ飛ぶように楽しいし自分が誇らしい。

 

う~む。ひさびさのうれしい悩みだなぁ。考えよう!

 

耳の中の他人

寝る前の最後の最後、就寝時間を1時間短縮して作曲してたら、ようやくOKかなというパターンが出来た。ここは大体5パターン作ったが、急に自己満というかよく分からない世界になってしまい、曲の勢いを削いだ。分かりやすいとはどういうことか。聞き流せてしまうことかも知れない。ただし聞き流されるだけではいい曲にならない。そういうことを考えながら、聴衆としての自分に聴いてもらって正解を選ぶ、その感覚がちょっと身についたかも知れない。なんだか別の自分を、いや自分じゃない他人を耳の中に住ませる感じかな。基本的に作曲の世界でやっていけないことはない。でも一番たのしいと思えるものをこの他人は選んでくれる気がする。ありがとう。

 

ソグディアナ

作曲に関連して、トルキスタン…とくにソグディアナについて調べ始めた。中央アジアについては今まで殆ど知らなかった。

 

僕がロシア留学から戻ってきて大学に戻り卒論を書きながら通訳のバイトをしていた頃に旧ソ連の訪日団のサブ通訳をしたことがある。そこでキルギス人の教育者の方と仲良くなって、本気でキルギス国立総合大学の日本語コースの講師に就くという話があったが色々あっておじゃんになった。その頃に中央アジアの歴史について本を読んだりしたが、それ以来だろう。もし行っていたらどうなっていたのか、いまはもう分からない。どちらが幸せとかそういうことでもない。

 

中央アジアの歴史は中国とかペルシア、イスラム文化遊牧民とか色々な勢力が入り混じっている。シルクロードと言えば商人と遊牧民のイメージがあるけど、それだけではない。ソグド人は肥沃なオアシスで農耕を行って定住しつつ商業でも成功したという。まぁWikipedia見たらそれぐらいのことが分かる。本当に僕は何も知らなかったんだなぁ。だからもっと調べてみたい。曲のイメージも変わるかも知れない。

 

オリーブ革命

こないだ買った、今一番お気に入りの服。それを着ていつもの美容室に行き、消費税増税などの雑談をして家に戻った。スープカレーを所望したが連れから刺激物は避けたいとリクエストがあったので、心の友に相談して、ハンバーグを再提案した。混んでて待たされたけど、十分おいしかった。天気は悪くないがどことなく空の機嫌がぐずぐず言ってそうな予感を覚える。

 

作曲は、行きつ戻りつ。付け足しては崩して、曲に馴染む和声やフレーズだけ残していった。産みの苦しみでもあり、無上の喜びでもある。今ここが創作活動の最前線で、大袈裟だけど歴史を作る現場なんだ。他の人ではそうしないようなメロディーが自分の持ち味になる。そしてなおかつエモーショナルなもの。今回は最初の4小節を除いてなかなか簡単に出てきてくれない。音楽的なテーマは昨日書いたけど、楽曲のテーマは明確にはまだ決まってない。時代と場所だけ決まってる。感情も決まってるんだけど、いまひとつぼやっとしている。もっと自分と対話してみよう。本当は眠ってるだけで、きっともう決まってるんだ。後は気付くだけ。

 

胡旋舞

3連休なので夜中にバヤンを弾くという贅沢ができる。夜中の作曲は変なものが生まれやすい。今回は変な曲を作ってるのでちょうどいい。音楽的なテーマはもう決まってて、中央アジアの舞踊曲をイメージしてる。具体的には胡旋舞のBGMだ。YouTubeでそれらしいものは観たけど、例によってそこからメロディーを抽出して参考にするようなことはできないしやらない。ただここまで作ったメロディーや和声とイメージの面で大きく離れていなかった、不思議なことに。あれから展開が4小節ぐらい伸びた。もうちょっと分かりやすさ必要かなーとかも思いつつ、全体をよく見渡して続きを作ろう。

 

壁を越えたい

とりあえず輪が繋がった新しい曲。壁を越えたいと思っていたが、夜中になって次の展開が生まれた。ずっと頭の中でメロディーを想像、いや創造していた。出来上がったメロディーが手に馴染むまで、運指の確定も含め何度も弾いた。もしかしたら夜中の狂騒というやつで、明日になったらそうでもないと思うかも知れないが、叩き台があった方がいい。和声を聞かせるのかフレージングなのかとか、見えてくるものがある。とりあえず作ったものをいじってるうちにもっとよくなる場合が多い。

 

昼間、台風が来る前に連れと地下鉄と市電を乗り継いで白玉だんごの店に行った。市電は何年ぶりだろう…たぶん15年は乗ってなかった気がする。新型低床車は快適だった。街中に入ると渋滞する自動車をよそにスイスイ進むのは気持ちいい。街中で服を買った。今までにない感じで、こちらの方は壁を越えられた。新しいスタイルに挑戦するのは、ときめきがあるからだ。そう、気に入ったメロディーだけを残していくと最高のものが出来る。

 

怒りと完成度

こんなの弾けないだろーと思っていたけど、ずっと練習したら弾けるようになった。弾けるようになるとどんな高速でも弾けるが、逆にそんなにハイテンポじゃなくていいだろう、ゆっくり溜めて弾いた方がいいだろうという気になる、不思議なことに。速く弾けないからゆっくり弾くのと、速く弾けるけど敢えてゆっくり弾けるのでは全然ちがうんだなぁ。そういうことも気付けた。

 

完成度に対する集中度って、怒りの感情をうまくコントロールすると上がる。そんなにいないしいつも思ってる訳じゃないがムカつく人の顔とか想像するとなぜか集中度が上がって完成度に影響する。だからと言って意識的に怒ろうと思っても出来ない。難しいな。

 

ossessionante

昨日できたフレーズを、うまく弾けるまで何回も何回も弾いていた。気が付くと20分30分はすぐに過ぎる。失敗しても何度も何度も弾く。そのうち手が勝手に動くようになるが油断すると間違える。それを繰り返す。なんとまぁ楽しいことか!

 

運指は大体そうやって勝手に決まる。癖もあるけど自分の癖は疑うようにしてるので別の運指を意図的に試してみると発見があったりする。しかし本当に大事なのは精神的な鍛錬なのだろうな。体操でもフィギュアスケートでも…いつも100%成功しているのに本番でミスる人もいるのだ。その違いはなんなのだろう。考えても仕方ないという意見もある。何万回も同じ動きを練習して万に一のミス率、小数点以下のミス率を下げていくという。ふふん。

 

台風が近づいているという。次の連休も土曜日しか外出できないかも知れない。

 

国境

架空民族音楽はひとまず繋がりを持った展開が完成した。このままでもいいしもっと展開増やしてもいいし。増やしはしないがきっと別の和声を発見して深化すると思う。

 

この曲には違和感しかない。不慣れで落ち着きのない異国でのバンケットに流れる音楽、見たことのない舞踊(ダンスではなく舞踊という言葉を使いたくなる)。まさにこの違和感を表現したかったので今の作りで正解だと思う。

 

架空民族音楽というと架空の民族みたいだ。まぁそれも面白い。ただし本当は架空の民族音楽なんだけど。

 

ここではないどこかに、心の中だけでもいたい、というのを音楽で表現するのが僕はお好きなようでしてね。こと外国が舞台だと思うとなぜにこんなにも心がワクワクするのだろう。昨日も思った。僕は世界史や世界地理が大好きなのに日本史や日本地理には一般的な程度の興味しかない。興味と知識量は別なので知らないということではなく、なんとなく興味が湧かない。不思議だなぁ。

 

そんなことひっくるめて今の作曲を楽しんでいる。世界の国々を説明した本を読んでいろいろ想像するようなもの。

 

まだまだもうちょい

仕事的には最悪な日だったが、帰ってからは楽しかった。連れは少し熱があるようだが大した風邪でもないようでよかった。昼出勤で起床も9時半だとさすがにいつもより数時間ずれているので、連れを先に寝かせてV-Accordionを弾いたりおやつを食べたりすると気がほぐれた。作曲はまだまだもうちょい。

 

Chill out

今週は昼から出勤なので朝ゆっくり寝て調整した。おかげでいまは夜中だがまだ眠くはない。もはや平日の仕事中も頭の中には空間というか別のことを考える余裕があるので曲のことを考えていた。どこで演奏すればいいかなぁということも。どこでもやればいいというのひとつの方向性だし間違ってないと思う。実際20年前に僕はそうした。けど今はそうしたなりふり構わずという感じではなく音楽やりたいな。夜中に練習すると言葉にできないぐらい心が落ち着く。喝采じゃなくこの感じ、を表現したい。

 

新しい架空民族音楽はその後進まない。最初の特徴的な4小節から止まってる。勿体ない!出だしは自分としては意外な切り口なのでなんとかしよう。なんとかしたい。

 

それまで

ひとりの時間があったので一昨日に始まった作曲について妄想していた。プロセスはいろいろあったけど、結論を記録として残しておこう。マルコポーロが日本に来るまでの三部作として、3曲目がCuroscivoで、2曲目がいま作りかけている曲とする。

 

1曲目では見知らぬ国での孤独。スローな曲調だろうな。2曲目はZipanguを目指して大陸を離れる際に皇帝が別れの宴を催し、宮中で舞踊を観ながらマルコ・ポーロがこれまでの元での生活やそのシーンを回想するシーン。序破急の破。3曲目がすでに書いたように沖縄経由でZipanguに辿り着くというストーリー。

 

今回のはあまりにもBGMっぽいので2曲目にふさわしい。そしてこの曲は短いことが望ましい。Curoscivoのプロローグだからだ。2曲目がスパッと終わってこその3曲目のオープニングが光るので。だから割とすぐできちゃうんだろうな。Curoscivoが名曲だったので十二分に広げてやろう。このストーリーをもうちょっと深めたかったしね。

 

自分ひとりの時間もやはり大切だなぁ。こういう愚にもつかないことを好きなだけ考えられるから。そしてそんな時、僕は平日がどうであろうととても幸せだし生きていると感じる。自分でよかったと思える唯一のひとときだ。

 

クラシカル

連れと昼間カフェとスーパーに行った以外は家にいる時間が長かったので、昨日できた民族音楽みたいなフレーズを微調整していた。

 

おしゃれ系のビートの曲をいつか使いたいと思ってるが、結局いろいろやってクラシカルなビートの方が合ってしまうんだよね。格調として、今風のリズムにすると無理してる感が強い。だけどそれも先入観かも知れない。やってみなければ分からないのでこれからも試していこう。

 

本当に3部作になるかどうか。Curoscivoの時は、最終的には採用しなかったけど台湾に残る漢民族雅楽のような北管や南管のメロディーを参考にするために調べた。あれは楽しかった。ずっと作曲だけじゃなく音楽とか文化とか言葉とか調べてそれを作曲に生かそうとしている時間やその結果が楽しいんだと思う。創作とはそういうものだと思う。そのジャンルだけじゃなくすべてを網羅するもの。「影響を受ける」じゃなく自ら積極的にいくつもの文化に触れていく作業そのものが創作なのだと思う。それに「楽器と自分」だけで作ったものより深み=背景ができていくのは、そういう作業が多かったときの特徴なのだ。これはクラシカルな創作方法なんだろうなと思う。

 

早く楽器に触れたいと思うのはこういう新しい曲が出来たとき。今日も楽しみだな!

 

架空の民族音楽

なんとなく、新しいフレーズが出来た。こないだ完成した新曲の演奏動画も撮ってないが、また完全に違う曲として。たまにこういうことあるんだよなぁ。どちらかというと8月に出来た「Curoscivo」の関連曲で架空の民族音楽みたいな感じなのでマルコ・ポーロ3部作とかでいいんじゃないかな。これは普通の歌モノやってるようなライブハウスでやる曲じゃないな…こういうのに聞きなれてて好きな人は少ないがいるとは思うので、どこで演奏するかが大事だな。ライブ演奏できるところを探したい。器楽の独奏を通常から行っているようなところ。

 

この曲ではベースをチューバ音色にしてる。雰囲気が合う。