春日井ボンのボンかすLIFE

春日井ボンのボンかすLIFE

バヤニストの独り言

作るのではなく、浮かぶのを待つ

ここに来て展開が作れなくなった。割と厳選してここまで作ったので、よほどのものじゃないと付け加える必要性を感じないし、正直いまある展開だけでも曲として十分成立しているのだけど、単なる自分への挑戦でもうひとつ展開を作りたい。きっと最後は鼻歌作曲なのだろうな。楽器で弾くよりもイメージしやすいし、すごく自然にこの後で別のメロディーが繋がったらどうなるのか、を考えることができる。

 

今夜はシャワーではなくお風呂だったが、珍しく何も浮かばなかった。あとは寝る時だな。作るのではなく、浮かぶのを待とう。

 

夢の中で

復調した連れと、バスで買い物に行く。遠方にバスで行くとバスの時間に縛られてそんなにたくさんブラつけなかったけど、買いたいものが買えたのでよかった。カフェで食べた食事は個性がなく、イマイチだった。決してまずくないのに「おいしい!」と素直には言えなかった。食べてみないと分からない。

 

この2日間も5,000歩の目標はクリアできた。明日から久しぶりに早番なのだが、体調は可もなし不可もなし。ということは悪くないってことか。本当にのんびりした。

 

空っぽの日

この週末は歯医者もお休みにしたし、正月休み以来、何も用事がない。連れの体調が万全ではないので、一人で買い物に行って、夕食は先日同様、そばにした。やはり鶏の肩肉は最高だった。久しぶりにゆったりした時間を過ごした。楽器もたくさん弾けた。映画も観れた。

 

時間があると、自分は何をすべきか、何を大切にすべきなのかを考えることが出来る。平日にはなかなかそこに思い至ることができない。

 

 

意外性の匙加減

新曲を作曲中は楽器に触れている時間が長くなる。新たな展開を作ることにノってくると時間も疲れも関係なくなるし、既存曲の練習が疎かになる不安から練習量も増えるからだ。ひとまず「1軍曲」を毎日か最大2日に完璧な形で1回は弾ききらないと「運指を忘れるんじゃないか」と不安になる。そんなこんなでここ数日はV-Accordionを集中してよく弾いている。

 

昨日、独特な4小節が出来た。これは鼻歌ではなく楽器を触っているうちに出来た。この4小節だけのお陰で、曲の完成度が上がった。作曲の段階を飛行機で言うともう離陸しきった感じで、あとは勝手に、というか心のままに飛べばいい。飛んでいることを忘れるぐらいに。独特なフレーズが出来るともっともっとと展開を作りたくなるが、沼にハマると何の曲なのか、どんな曲なのかが薄まってしまう。口ずさめる、ということが大事だ。覚えやすいという意味ではなく、単音で口ずさめるが頭の中で和声を補完しつつイメージできると良い。

 

和声は表情で、世界観であり、見通しでもある。展開が意外なのは面白いがあまりに本来のテーマをはずれると、印象が薄まる。展開が多いと途中から別の曲になってしまったように聞こえるのだ。だから匙加減が難しい。自分自身が新しいフレーズに飽きず、新鮮な印象を持っている間に、展開をどこまで広げどこで納めるべきか決める必要がある。

 

つまりは名曲のフレーズを調を合わせて繋げたところで名曲度が乗算される訳ではない、ということだろう。いろいろと手はあるがテクニックじゃなく、どんなエモーションを表現したいかを突き詰めて、素直に作ってみよう…。答は楽器の中にある。

 

鶏肩肉にハマる

連れがスーパーで鶏の肩肉を買ってきた。それをコショウを振ってネギと一緒に油を引かずにフライパンで炒め、最後に少しごま油を垂らして風味付けした。それを付け合わせに、熱いつけ汁につけて食べる。これがとても旨かった。

 

つゆがよかったということもあるが、鶏の肩肉がとにかく旨い。なんだろうこれは。胸肉ほどはあっさりしておらず、もも肉ほどは脂っぽくない。つまりは適度にヘルシー、適度にジューシー…最高じゃないか!フライパンで塩焼きにするだけで旨い。近所のスーパーを見るとどこでも売っていた。時期物ではないだろうが、国産(道産)の解凍鶏肩肉が100gあたり税抜き88円~100円ほどで売られている。これはハマりそうだ。いや、もうハマってしまった。唐揚げにもちょうどよさそうだ。しかももう一つありがたいことに、部位の理由で、一口大の状態で売られている。なんと包丁で切る必要なく、調理できる。ありがたいことこの上ない。

 

今回のそばは週1で食べたいぐらいだ。それに煮物や唐揚げなども試してみたい。しばらくは鶏と言えば肩肉になりそう…。

 

天空のパトス

まだ作曲中なので異例だが、『天空のパトス』という仮題をつけることにした。もちろん、これを正式なタイトルには絶対にしない。ありがちな組み合わせだし、Pathosという単語は一度使っている。

 

今回エモーショナルという言葉を何度か使った。それもそのはずで、きっと今回の曲のテーマが感情そのものなのだと思う。人間の…、かどうかは分からないが、まるで喜怒哀楽のように表情が行ったり来たりする情景が曲調に表れている。だからあんなにエモーショナルであることにこだわったのだろう。そんな自己分析。今回は歴史的な事件からテーマを探してこなくてもいい。

 

実はひとまず短パターンでのパートの構成が済んでしまって、言ってみれば最初の完成をみたところだ。まぁちょっとこれではシンプルイズベストと言ってもすぐ終わってしまって寂しいのでもう一つぐらい展開を付け加えたい。また楽しい日々が始まる。

 

何も言うことはない。ただ音楽ってイイネ、ということだけだ。

 

これが本当の…

夕食後の食器洗いが終わって、シャワーに入ろうというタイミングだったが鼻歌で浮かんだメロディーをどうしても試したくて、シャワーを後回しにしてバヤンを弾いた。ここで完全に曲が展開できた。そうか、ここにつながるメロディーだったのか、と自分で気付く。もう大丈夫だ。この曲の良さは完全に形にできた。感動だ!

 

不思議なもので曲の大枠が固まるとまるで最初からそんな曲だったように思えるが、もちろんそうではない。その曲で何を描くかは最初の段階では分からないが、なんとかその人(曲)の良さを引き出そうと作曲することで、音楽がエモーショナルになる。ひいてはその曲の良さが明確に表現できれば、ポップになるのだと思う。ポップ=分かりやすさがあることだから。

 

とにかく、僕はこの曲を好きになった。今は夢中と言っていい。作曲は完成していないが、弾いている最中は、自分の理解者と一緒に居る時と同じ感情に包まれる。「そうだ、これが本当の自分だ!」と。作曲しているだけでそう思わせてくれる曲はそうない。