春日井ボンのボンかすLIFE

春日井ボンのボンかすALONE

バヤニストの独り言

学校をサボる

日本人がバヤンを演奏することに対するロシア人の反応は「え?」と軽い驚きの後「おー…変わってるね」という言葉だった。尺八を吹く外国人を見たときの日本人の反応、とでも言えば想像できるだろうか。みんながやるものではないから、なぜわざわざ外国人がという素直な疑問が感じられた。

 

留学中のある時、テレビ局に勤めるロシア人の知り合いが「バヤンの学校があるから行ってみたら。紹介しておいたから」と声をかけてくれて、僕はバヤンを持って教えられた学校に行った。そこは音楽短大だったと記憶している。階段を上がる間に様々な楽器の音が聞こえてきた。やがてみゃ~みゃ~鳴っているゾーンに入った。目的地が近い。廊下中にはバヤンを練習する学生が溢れている。それはまさにバヤンの群れだった。

 

教室にバヤンの先生と一対一。簡単な挨拶の後、先生は「じゃあ楽器を見せて。…なんだそれは。おもちゃみたいだな。レベルを知りたいからなにか弾いてみなさい」と言った。その頃はまだ数曲しか弾けなくて、ある日本の曲の伴奏を途中まで弾いた。

 

「日本の曲?」

「はい」

「オーケー、ロシア的ではなかったから。なるほど、よろしい」

そう言って先生は楽譜もないのにすぐに僕が演奏したとおりに弾き始めた。さすが。先生のバヤンは僕の楽器の1.5倍はあろうかという大きさでいかにも重厚そうな、黒光りする筐体だった。音が違う。僕が中古楽器屋で買った小さな第一号バヤンの音は子供が弾くバイオリンのようにギスギスしていたが、先生のバヤンはシャラシャラとした、リバーブのかかった耳障りのよい音がした。奏法はもちろんだが、同じ曲なのにこれだけ印象が違うものか。

 

「楽譜は読める?」

「時間をかければ読めます…が初見で演奏は難しいです」

「ふむ、まずは姿勢だがもうちょっとあごを引いた方がいい。腕はここ。肩が張ってるな、そうじゃなくて…」

姿勢など本当に基礎的な話が終わると、先生は練習用の楽譜が載ったプリントを一枚くれた。「これができたらまたおいで」と言って。30分ほどの体験だった。

 

残念ながら、この学校に一年間通ったなどというストーリーはない。僕はこの学校には二度と行くことはなかった。歯医者をサボるのと同じように、行かなければと思いながらもそのうちまぁいいかという諦め、そして最後には本当に行くことを忘れた。虫歯を放置する人と同様に心の中で言い訳をした。大きな音を出す楽器の練習時間は限られており、練習曲の練習は楽しいものではなかった。それよりも好きな曲を練習したい。バヤンはロシアの楽器だが、最初からロシア的な表現からは距離があった。ロシアの真髄のようなものにも正直なところ興味はなかった。僕とこの楽器の組み合わせは世界で唯一だ。今思うとそれは若い自意識だったのだろうが、この組み合わせでできることを成し遂げたいという思いだけがあった。

 

僕は学校をサボったがバヤンはやめなかった。