春日井ボンのボンかすLIFE

春日井ボンのボンかすALONE

バヤニストの独り言

ブイヨンは料理じゃない

土曜日の午前中は1週間で最も心が落ち着いている時間だ。今週もこの時間に作曲をする。いま作ってる曲はこれまで単なる和声の進行に過ぎなかった。だけど音の響きは好きだったから、多少は形を整えてしまえばそれで曲にしてもいいかなと思っていた。ただ頭の中では経過音みたいなのを加えてリズムを崩して口ずさんでいた。それを今日は実際鳴らしてみようかというわけだ。覚えた運指も帳消しになってしまうけど、時間に余裕もあるしなどと、正直言って作曲というほどの気合いもなく、多少引き算しよっかなという程度の気持ちで臨んだのだ。

 

なのにそれがどうだろう。これはまったく別物だった。我ながら恥ずかしいが、和声を崩しただけじゃなく経過音でメロディーらしきものを生んだ瞬間、衝撃が走った。かっこいい…。まさに鳴らしているのじゃなく弾いている感じがすごくする。和声とはまったく違う。音が音楽になったのだ。

 

和声の「単なる」進行は色んな食材を煮込んで作ったブイヨンのようなものだ。そこには個性的で複雑な味わいがあるが、でもそれは料理じゃない。経過音を入れて一定のリズムに乗せたものには、例えて言うと食感がある。和声であれば不協和音になるような音でも、次に繋がるものだからポジティブなアクセントとして響く。食感のあるもの、それが料理だ。個性的なブイヨンよりも「初めて食べる料理」の方が印象に残る。そう、印象だ。印象が10倍以上強くなった。

 

何かメロディーを口ずさんでいる時、頭の中では色々と編曲するものだ。「こんな風に弾いてみたバージョン」と頭では分かっていたつもりだったのに、実際に楽器で弾いてみたらそれはもうまったく別世界だった。頭の中で鳴らしてもダメだ。実際にやらないと印象は分からない。やらないといけないのだ。

 

こういうときに音楽の深さを知った気になる。不思議だ。そして、だから音楽が好きだしやっていて楽しい。曲はどんどん別次元のものへと変貌を遂げた。楽しいうれしい。