春日井ボンのボンかすLIFE

春日井ボンのボンかすALONE

日本人バヤニストの生活と日々

確率論

北京五輪が閉会し、また何もない時間が戻ってきた。今回の五輪は不可解なことが多く衝撃を受けることが多かったが、それは僕がここで改めて書くことではない。記憶に遺ればそれでいい。しかし思ったより影響があったようで、このところ見る夢は、僕が選手や関係者の立場に成り代わってストレスを体験するものばかりだった。それも日によって競技が異なる。ひどく辛かった。単なる観客が気楽なもんだ、とも思う。それでも何十分の一かはその辛さを味わえた気がした。

 

閉会式で手を振るカナダかアメリカの見知らぬ選手の映像をぼんやり見ていて、この人は自分がなぜ今この場にいるのだろうかと考えるのかなと想像した。親がその競技をやっていたのか、学校でやって夢中になったのか、生まれた地域で盛んな競技だったのか、誰かが背中を押したのか、縁もゆかりもなくなぜかやりたいと思ったのか。類まれな偶然か運命的な必然の結果、そこにいるのだろう。であれば僕もいま自分がやっている音楽や楽器のことを、ものすごい確率の果てに手にした機会だったとの思いを強くする。

 

ロシアに行かなければバヤンをやらなかったし、外国語をマスターしようと思わなければロシアには行かなかったし、ジャーナリストになりたいと思わなければ外国語の勉強に注力しなかった。…みたいなことを言い出すと、きりがないほど過去に戻って行ける。実はふたつ方向性があって、それが重なっていま作曲という創作をしているのだと気づいた。これはまた時間がある時に書こう。とにかく、偶然なのか必然なのか分からないけど、条件が重なってこうなった。一人の人間が、生活費や医療費や食費やら考えると何千万円もかかって何十年か死なずに生きて、そしてやっていることが、いやかろうじて意義のあることが、作曲と演奏だけ。それも不十分で未熟なもの。いいか悪いか分からない。死んでいないことも確率的には僥倖だから、ただただ自分の生の稀少さを僕自身が感じるだけだ。