春日井ボンのボンかすLIFE

春日井ボンのボンかすALONE

日本人バヤニストの生活と日々

不思議なシェルター

僕は人生で3度、音楽を演奏する時期があった。一度目は中学から高校3年の秋までで、これはほとんどが部活動で最後少しだけ文化祭のためにバンドを組んだ。二度目は大学生の頃にロシア留学の最中から30歳になるまでのおよそ10年。そのうち最初の6年はバヤンを演奏していたが、残りの4年はDTMだ。そして三度目が今で、3年あまり続いている。3つの機会は、内容がそれぞれ同じではない。バヤンを弾いている意味では2度目と3度目は似ているが歌とインストという内容が違うし今回はV-Accordionである。

 

そう考えると不思議なんだよな。人生は一度きりで、運よく今まで生きてきたし何歳までの人生かは分からないがやってはやめ、やってはやめ、そしてまたやる。すごく不思議なのだ。続てたらいいのにやめてしまった。にも関わらずまたやるなんて。なお音楽をやっていない時期に何もしていないかというとそうではない。1度目と2度目の間は大学時代ということになるが、文章を書いたりロシア語の勉強に打ち込んだ。2度目と3度目の間は映像制作に取り組んでいた。今それらのことを集中的にやることはない。ロシア語は片言でできるぐらいだし、文章に自信がある訳でも、映像にこだわりを持つ訳ではない。

 

今までの感じでいうと音楽がいつまで続くか分からない、ということになるのだが、それは否定したい。歌を作っていた頃よりも、文章を書くことよりも、映像を作って人に楽しんでもらったことよりも、内的に一番いまが幸せだから。なぜだろうね。インストだからのような気がする。これは自分が選んだことなのかな。そうとも思えるし、自然の流れで選ばされたようにも思える。ひっくるめて、不思議さを感じている。